2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

太陽のご機嫌は?

  • Solar report

最近のトラックバック

無線関係リンク

CW Freak & Morse Runner Rankings

Booklog

アマチュア無線

2017年3月12日 (日)

甲西駅から十二房(岩根山、405m)

昨日の土曜日は、本当に久しぶりで従来のスタイルで低山歩きに行きました。

行き先は、十二房(405m)です。

通勤で毎日通っているJR甲西駅からの徒歩移動。高低差も300mぐらいなので、久しぶりの足慣らしに丁度良いでしょう。

JR甲西駅から1号線に出て少し北西方向へ歩いてから、右折して甲西大橋を渡りました。

Kouseioohashijyunibou<甲西大橋から見た十二房、山頂付近にタワーが見える>

岩瀬神社の前を通って、榎橋を渡ったところにゲートがあり、そこから林道を歩く。

そこから30分ぐらいで東屋がある展望台、タワーが林立する山頂付近に付きました。

Towors_mt_top

<山頂付近に林立するタワー、NHK、FM、携帯基地局などのようです>

タワーの建っている場所とほぼ同じ高さですが、別ピークが三角点のある十二房の山頂です。山頂には木々が少なく、広い範囲で眺望がいいです。

View_fm_summit_1<山頂から、南側(三雲駅方向)の眺望>

鈴鹿南部の山々が見えています。

View_fm_summit_2

<山頂から、南東~東方面>

山頂からは、山頂付近が雪で真っ白な、伊吹山、霊仙山、御池岳、綿向山など見えていました。

山頂にて、7MHzのDPを上げて、ちょこっと運用しました。7MHz CWで14局、50MHz SSBで1局、430MHz FMで1局交信できました。運用しながらスマホでWeb検索して、ここがSOTA番号付与されていることが判りました。SOTA: JA/SI-064でした。Hi。

風が強くて結構寒いので、13:20頃から撤収して下山しました。山頂からは南側に降りて行き、十二房温泉ゆららの近くに出て、この付近では有名な磨崖仏を見るため、花園林道を降りていきました。

Photo

<磨崖不動明王尊>

こんなところに、と言う感じで、6m×2m程度の岩に彫られています。

後は、さらに降りて、甲西橋を渡って、JR甲西駅に戻りました。

歩いていた時間は、合計3時間ぐらいでした。

短い行程で高さも400mと低山でしたが、素晴らし展望を楽しめて、久しぶりに山の楽しさを味わうことができました。

2016年12月 7日 (水)

開局40周年を迎えました。

またまた御無沙汰してしまいました。

もう1ヶ月近く前の話となりましたが、11月12日の開局記念日で開局40周年を迎えました。1976年の開局ですが、当時は中学校1年生で、まだ声変わりもしておらず、当初はYLさんと間違えられたりしたこともありました。

開局当時の設備はナショナルのRJX601と4エレ八木で、50MHzのAMとFMのみでした。当時の様子は、昨年の今頃ブログに書きましたので、下記のリンクを見て下さい。

「開局記念日」
http://yappari-musen-plus.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-88d3.html

「開局してからの一年の話」
http://yappari-musen-plus.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-0d5c.html

中学1年で開局ということで、当時は交信局の殆ど全てが年上の方でした。中学時代は高校生・大学生・社会人の方々と沢山話しをさせて頂いたお陰で、実はいつまで経っても自分は年下というイメージが抜けません。現在は50歳を越えていますが、アマチュア無線界は高齢化する一方で、今交信する方々も年上の方が多いということに変わりありません。

私の方はQRTも殆どなくずっと続けておりますが、随分と長い間QRTされていた方が、定年前後でまた復活されアクティブに出られているをよく聞くようになり、懐かしく嬉しく思っています。

なんとか今回も免許を切らすことなく継続して再免許することができました。但し、この5年間は免許内容の変更をしなかったのも、アクティビティ低下の現れとも思います。

これからの5年も、細く?長く続けていきたいと思いますので、皆様よろしくお願い致します。

2016年8月20日 (土)

ALL JA 2016 結果発表

3ヵ月ぶりぐらいのエントリーとなりますが、ALL JAコンテストの結果がJARLのウェブページに発表されました。

http://www.jarl.org/Japanese/1_Tanoshimo/1-1_Contest/all_ja/2016/index.html

今回は、ほとんど時間もなかったのですが、日曜日のみちょこっとCAPでポータブル運用しました。

超お手軽運用で、FT-817ND単体を単三ニッケル水素電池8本で動かし、電池がなくなるまでだけ運用するというスタイルとなりました。アンテナは7MHzのダイポールでした。このアンテナでいつものように?7、21、50の3バンドでCWのみです。

さすがに、1W or 2.5Wでは、コンテスト中のRunは難しく、呼び回って3時間程で74局と交信できました。

そして結果は、CAの183位でございました。

>183 JF3KQA/3 74 × 37 = 2,738 P

生存証明ではありますが、弱い電波を拾ってQSOいただいた皆様、ありがとうございました。happy01

2016年5月14日 (土)

eQSL.ccへデータをアップロード

電子QSLで国内のQSOバンクは、ずっと便利に使わせて貰っていましたが、2011年の東日本震災以来使えなくなってしまいました。非常に残念なことと思いますが、今さら国内メインだけ対応というのも再開する意義が少ないのかもしれません。

そこで、随分と前に登録だけしてほったらかしだったeQSL.ccに、先日ハムログからコンバートしたデータ(30,000+QSOs分)をアップロードしてみました。ちょっと無茶とは思いながら、、、。

アップロード自体は、一部エラーが出ましたが無事終了できました。

昔のデータは京都の固定からQSOしているものが多いので問題ないのですが、2001年以降の/1分や、最近の移動運用分(主に/3)が多いので、結構な数のエラーを示すメールを受け取ることになってしまいました。

どうも、少なくとも各エリア分毎にコールサインを登録して、データをアップロードした方が良さそうなことがわかりました。

それでも昔の分をアップされている方も多く、結構古いものにもデータマッチしているものが来ています。これはなかなか楽しいですね。

/1や/6分についても、ぼちぼちデータ整理してアップしますので、どうか気長にお待ち下さい。

今回、JI3KDHさんJH4PHWさんのページなどを参考にさせて頂き、AG Status化も致しました。役立つページをありがとうございます。

2016年1月14日 (木)

移動運用スタイル その2

前回は個人での単独移動の話でしたが、今回は2人以上のグループで行く移動の話にします。

クラブでフィールドデイコンテスト、オールバンドのアンテナを展開というのもありますが、印象に残っているのは、やはりローカル局と出掛ける6mの移動運用でしょうか。

自動車でよく移動運用していた'84〜'95年の10年ぐらい、毎年夏の50MHz AM一斉移動に京都のローカル局と参加していました。

この全国的なイベントの最初の年は、当時の船井郡園部町の深山からSwiss Quadで出ました。その次の年からは、毎回、京都北部のロケの良いところから、ビッグアンテナを高く上げて出て、日本中にAMの強力な電波を飛ばすことに情熱を掛けていた感じです。




写真は、私たちのホームグランドだった宮津市の成相山山頂で、たぶん'86年の8月のものです。
悪ノリ過ぎだったとも思いますが、展望台の上におばけポール6本繋ぎで、14mhの6エレ八木でした。
ここは、眼下に天橋立を望む最高のロケーションです。

GWのコンディションが上昇する早朝や午前中、夜の時間帯には、それこそ東は1エリアは勿論、7エリアからも呼ばれ、西は6エリアまでできました。
この年は、8エリア利尻島の移動局ともEsなしでAMモードで交信でき、50MHzAMのワンデイAJDもできてしまいました。

勿論、AM以外もSSB、CWにもQRVし、ローカル局と順次交代しつつ、沢山交信しました。

丹後半島は周りが海の部分が多く、コンディションが上がってくる時間帯には、本当に1エリアの固定局が9+で束になって呼んできました。ピークで3局/分ペースでCWのパイルを捌いたりして、まるでモールスランナーな運用ができました。

アンテナは6エレスタックにしたり、8エレ八木にした年もあり、もう1本別方向用に上げたこともありました。

丸二日間の移動運用でしたが、みんなで楽しんだ夏の日の恒例行事でしたね。happy01

2016年1月12日 (火)

移動運用スタイル その1

アマチュア無線の移動運用スタイルとは、どんなものかと考えてみて、これまでの私のスタイルを紹介してみます。

私の場合は、中学・高校時代の徒歩移動から始まって、大学生となり、スクーターやバイクでの移動、自動車での移動と変化して行きました。その間、興味の対象は6mにほぼ限定されており、京都府内の市郡を中心に6mでサービスすること、およびコンディションと季節によってはDXと交信することが目的でした。




この写真は、'91年だと思いますが、サイクル22で広島から出ていた頃のものです。50Wにジュラルミンのポール7本フルアップに4ele HB9CVでロケの良さそうな山頂付近からQRVしています。1人で13mぐらい上げるのも手慣れたものでした。
当時のコンディションで6大陸と交信できましたし、'92年の3月には念願だったカリブのLPも、この設備でKP4とPJ2の二つ交信できました。

ただ、いつ開けるかわからない6mですので、いつも山頂で待ち構えている訳にもいかず、普段はモービルホイップでワッチして、開けてきたら車を止めて、5分で出られるように5mの伸縮ポールと2ele HB9CVも常備していました。
次の写真は、そんな頃、聞こえてきたHS5SEAをゲットした東広島市の鏡山の路肩です。



1人の自動車の移動は、こんな感じで、暇になりそうな時は、下に7MHZのDPやら21や28のホイップにラジアル付けたGPで遊んだりしたものです。

いずれの写真も、当時乗っていたミラージュが懐かしいです。この車に何日も泊まりましたsmile




2015年11月23日 (月)

タモリ倶楽部で大学無線部を特集

先日11月20日深夜に関東地方で放送された「タモリ倶楽部」で大学のアマチュア無線部が特集されました。

詳細なレポートが、hamlife.jpに出ていますので、内容はそちらを御覧下さい。

http://www.hamlife.jp/2015/11/22/tamoriclub-20151120-report/

一般の人にわかるように、丁寧にアマチュア無線を説明していて好印象でした。

ちなみに、中学・高校と無線部らしいところに一応在籍していた私は、大学入学後に無線部を覗きに行きましたが、余りのYL気なしとアンテナの低さ(あくまでも当時の話です)に入部しませんでした。ごめんなさい。(≧∇≦)

2015年11月22日 (日)

開局してからの一年の話

前回、開局した時の話を書きましたが、久しぶりにブログにコメント頂けたので、もう少し当時のことを書いてみようかと思います。

601とベランダ4エレで開局して、アクティブな6mマンとしてAMとFMを日々運用していました。その頃、京都市内では100局はアクティブな局がいたと思います。

SSBも結構いましたが、IC502やRJX610が出る前で、AMの方がSSBより局数が多い時代の最後でした。

最初の1年間で、6mはこの設備で約900QSOs、HFは夏から出て軒下のDPで200QSOs程もやっていました。

その間何と言っても6mが中心で、3WのAMで暖かくなって来ると、京都から2エリア方面のGWが伸びる日があり、愛知県東部や浜松ぐらいから結構呼ばれたりしました。

そして4月末ぐらいからのEs(イースポ)で7.8エリア、6エリアとの交信、また機会は少ないものの短距離Esで1,φエリアとも繋がりました。

さらに忘れもしない、5/25には、FMですが、韓国のHM2GSと1st DX交信しました。興奮して何を話したか覚えてなかったですが、ワッチしていたローカルによると、相手が日本語なのに英語で話していたそうです。
これが、その後のめり込む6m DXingのスタートになろうとは思いもしませんでした。ちなみに、この時は中学二年生です。まさに中2病!

それから忘れてはならないのが、移動運用です。最初は601で近所の嵯峨天皇陵とか鳥居山とかに上って遊んでましたが、そのうち愛宕山(京都市右京区)や比叡山(京都市左京区)から出て、4,5,9エリアとも交信出来て50MHzAMのAJDを完成しました。

電信級の免許は、この春の国試で合格していたので、9月頃からCWにも出だしました。最初はRJX601を改造してキャリア漏れとQRHのある電波ですが、AMに較べるとはるかに良く飛びました。

HFのCWも出だしたのもこの頃ですが、簡単に日本全国や海外とできるので、もう一つ興奮できず、HFは細々とやるスタイルになりました。

トランスバーターを付けて、SSBとCWに本格的に出だしたのは、年が明けた78年になってからになります。

こうやって思い返してみると、怒涛のような無線生活の最初の一年でした。(^_^)

2015年11月14日 (土)

開局記念日

一昨日、11月12日は当局(JF3KQA)の39回目の開局記念日でした。

当時、中学1年生の13歳だった訳ですが、その日のことはよく憶えています。一月前に従事者免許を得てからは、学校のクラブコールで運用させて貰ったりしていたので、既に交信にはある程度慣れていました。

その日学校から家へ帰ると、よく知る自分の字で書かれた封筒の裏には、近畿電波管理局の文字があり、「おおーっ、局免許来たぁ!」と大興奮しました。

ハサミで封筒を開け、免許状の呼び出し符号を確認。「JF3KQA」のコールサインと対面しました。もうちょいかっこええのに当たったら良かったのにとか、なんかトランプみたいなコールやし、このQがいかにも発音しにくいやん、、などと思いながらも、これが待ちに待った自分のコールかと感動しました。

そして、無線機の前に行きワッチ開始。リグはナショナル(松下電気)のRJX601なので、50MHzのAMです。アンテナは2Fの物干しから物干し竿で上げたムデンの4エレ八木でした。

夕方まだ時間が早いのですが、京都市内では何局かは出ていました。初めてなので、学校の同級生で既に開局していたJE3XRXやJF3EQSを探しましたが、見つかりません。ぐるぐる回していると、同い年のJF3EBO(当時、オリジナルの方)のCQが聞こえて来たので、待ちきれずコールし、個人コールでの1st QSOを達成しました。

そのあと、同級生のXRX、EQSと交信。開局おめでとうと祝って頂きました。QSLカードは明日学校で交換です。

その次は、多分大胆にもCQを出し、この日いきなり平日にも関わらず10局程交信しました。

こうして、私の延々と続く無線生活はスタートしたのでした。happy01

slatemusic

2014年1月25日 (土)

VK4JH Joe SK

6mでサイクル19以前からずっとアクティブだったVK4JH, Joeさんが亡くなられました。昔からの6mマンの方々は、私同様52MHzや50MHzのCW, SSB, AMで何度も交信された方が多いでしょう。

12月始め頃、何気なくネットでコールを検索してVKから投稿された記事を見つけました。

http://www.vklogger.com/forum/viewtopic.php?f=75&t=11959

前サイクルのコンディションが下がってきた頃から、シグナルを聞かなくなり、もういい歳なので、どうしておられるのかと気にはなっていました。

このニュースを知った時、本当に呆然としてしまいました。

私とJoeさんとの1stQSOは、私がまだ14歳の中学2年生であった1978年春でした。その頃VKは52MHz帯に出ていましたが、春秋のシーズンには毎晩のように強力な信号で入感していました。
その当時から、CWとSSBで何度も何度も交信しました。Joeさんは稚拙な私の英語にゆっくり付き合ってくれて、中学・高校・大学と、短いときは挨拶だけ、長いときは1時間程も話したこともありました。
イブニングタイプのTEPでコンディションの良くなる20:00ぐらいに、52.030MHzのCWでCQを出していると、、Hi Masa de VK4JHとよく呼ばれました。暫くCWでフルスペルでチャットしていると手が疲れてきたり、もどかしくなってSSBに変わったりしていました。
話題は、今朝はハワイや南米が入ったとか6mのコンディションの話しが多かったですが、たまには家族の話や学校の話もしました。何を言っても興奮気味に「ハ、ハ、ハ!」と明るく笑って返してくれて、いつも楽しい交信でした。完全理系な私が英語が得意になったのは、ほとんどJoeさんのお陰でした。

大学院を卒業する89年3月には、卒業旅行でオーストラリアを一人旅しましたが、そのメインの目的がJoeさんを訪ねることでした。
ケアンズから鉄道でタウンズビルの駅に着き、迎えに来てくれたJoeさんの年季の入ったtoyotaのワゴン車で家に連れて行ってもらいました。100回以上は交信し手紙も何度か交換していましたが、会ったのはそのとき初めてでした。よく来たよく来たと、まるで子供のように良くしてくれました。結局1週間滞在させて貰って、その間ローカル局を訪問したり、ANT工事を見たり、家ではGuestOPでVK4JHを52MHzで運用させもらいJAと沢山交信しました。もちろん、Joeさんとも沢山話しをしました。本当にお世話になったのです。

その後、就職して、結婚して、何度も交信はしましたが、徐々に私のアクティビティも下がり、最後に彼の信号を聞いたのは2001年ごろ東京から/1で出ていた時だったと思います。

また来てくれと言われていたので、いつの日かまた訪ねたいと思っていましたが、それも叶いませんでした。

明るい人で、私のようにチャットされていたJAの方は沢山おられたと記憶しています。

ご冥福をお祈りいたします。 
73 Joe!

de JF3KQA Masa


関連ページ

関西の日帰り山歩き・ハイキング

アマチュア無線ブログ

Ads by Google


科学(化学)関係

最近読んだ本リスト

お薦めの本リスト

無料ブログはココログ