暑かった9月最後の日曜日(9/24)は、京都北山の西端の方にあたる地蔵山(947m、SOTA: JA/KT-003)に行きました。
折角なので、近くの三頭山(みつずこやま)(730m、SOTA: JA/KT-115)にも行くことにしました。

【コース】
JR八木駅→(バス)→越畑→登り口→芦見峠→送電線鉄塔→三頭山最高点
→三頭山三角点→芦見峠→越畑スキー場跡→地蔵山山頂→反射板
→地蔵山分岐(林道)→竜ヶ岳分岐→地蔵辻→愛宕山山頂
→表参道→水尾別れ→5合目→清滝→トンネル→JR嵯峨嵐山駅

<JR山陰線に乗って八木駅着>
多分、同じバスに乗って同じような所へ行かれると思われる2グループがありました。
駅前のバス停から原行のバスに乗車、越畑バス停で下車。

<越畑のバス停>
この辺り、越畑、神吉へは、小学校6年生の夏休み、実家の嵯峨から近所の小学生3人でサイクリングに来たことがあります。
鳥居本から下六丁峠を経て保津峡、水尾とアップダウンのある道を普通の小学生の自転車で延々と移動しました。
朝早く出て、昼には隣家の親戚の家について、昼ご飯を食べたら、国道9号線に出て老の坂を越えて桂から北上して家に帰って来たのですが、計画より大幅に時間が掛かってしまい帰宅は20時過ぎでした。当時小学生3人にとっては本当の大冒険でした。

<林道に入るところにあるアマチュア無線のアンテナ>
バス停から少し道を北に戻ったところに登り口への道標があります。しばらく行くと林道が始まります。
そこにこの写真のVダイポールと逆Vが立てられています。この下の家の方で家まで同軸引かれていると思います。前回、同じ経路で八木駅からバスを使って登った時も、このアンテナ達を見たことを思い出しました。多分90年代後半だったのではないかと思います。
今もこのアンテナを使ってQRVされているのでしょうか?
暫く林道を詰めていくと金網のゲートがあり、本格的な山道になります。

<芦見峠の道標>
そこからしばらく歩くと稜線に出て、バス停から1ピッチ50分ぐらいだったでしょうか、芦見峠に着きます。
ここで他の2パーティの方々は、地蔵山の方に直接行かれるので、多分もう追い付けないと思いますと言って別れて、三頭山へピストンします。

<三頭山への分岐の道標>
峠から東側へしばらく道を下りて行くと三頭山への分岐がありました。
道標に従って北方向へ進みます。
途中高圧電線の下を結構高いブッシュを泳ぐような感じで進みました。
途中、ここらあたりというところで三頭山最高点へ向かうと思われる分岐を発見テープに従って上がりました。

<たぶん間違いなく三頭山最高点の辺り>
10分ぐらいで、周囲にここより高いところは見えず、こんなテープが重なって貼られている地点に到着。
ここで、SOTA運用。時間がないのでHFのアンテナ展開は諦めて、ホイップで50、144、430MHzをワッチ。
50MHz SSBで暇そうにCQを出されていた移動局1局、433MHz FMで3局と交信してノルマ達成。
433MHzでは、/5の剣山山頂?SOTA局が強力に入感しており数回はコールしたが、パイルアップに負けて残念ながらS2S交信はできずでした。
その後、慌ててこのピークから下山、もとの道に戻ってから、三頭山の三角点のあるピークに一瞬だけ行ってまた来た道を引き返しました。

<三頭山からの戻り、高圧鉄塔の横を通るところから見た地蔵山>
途中またシダ類の多いブッシュをかき分けて芦見峠へ戻りました。
往復はQRV時間も合わせて1時間半ぐらいは掛かりました。
あまり遅くなると明るいうちに帰り着けないので、多少早歩きで地蔵山への登り道を歩きました。

しばらく行くと斜面が凹面状になっている広めのスペースがありました。
前回、バスを使ってこのルートで地蔵山に上がった時(90年代後半で25年ほど前)には、売店風の建物の残骸が陶器のお皿やコーラの空き瓶などと共にあったのですが、建物跡はほぼ完全になくなっていました。
越畑スキー場の跡です。今回は、古いコーラの空き瓶と陶器類はいくらか見えましたが、非常に少なくなっていました。
この後、スキーゲレンデと思われる凹面状の坂を上に上がって上り詰めるまで行きました。
その後は尾根に出て通常の山道を南へ進みます。

<山頂近くの西向きの地蔵さま>
地蔵山の山名の由来か?
山頂に近ずくと記憶の地蔵山より周りの木々が大きくて、こんなんだったかな?と思いながら山頂を目指しました。

<地蔵山(947m)山頂>
しばらく行くと三角点があり、石の積み上げられた地蔵山山頂に到着しました。
ここで、HFのダイポールをいつものように展開して、本格的にSOTAサービス運用しました。
始め433MHz FMに出ましたが、流石にロケが良いせいで結構呼ばれて10局と交信、途切れたところで7MHz CWに変わりました。
CWになったら弁当食べようと食べだしたのですが、次々連続で呼ばれるので、弁当食べながら運用ができません、、、。
18局交信したところで既に14:30近くになっていたので途切れたところで終了。
ササっとアンテナ撤収して下山に掛かります。
山頂には1時間半ほどいましたが、アリと蚊、虻とのちょっとした闘いでした。

<地蔵山から愛宕山へ向かう道の様子>
途中、地蔵山から愛宕山への道も、どう見ても25年前より両側の木々が大きくてびっくりです。
昔は低い木々ばかりで、熊笹(クマザサ)が拡がるところだったハズです。

<UHFの反射板>
そうこうしているうちに見覚えのある反射板に着きました。
この周りもクマザサに覆われていたハズですが、今は笹は全然見当たりませんでした。

<途中から見える愛宕山>

<地蔵山への分岐点>
そうこうして愛宕山に向かって歩きまして、林道と合流する地蔵山への分岐点にきました。

<地蔵辻>
竜ヶ岳への分岐、旧愛宕スキー場跡も通過して、地蔵辻。

<愛宕山の裏辺りから、東向き、多分中央が比叡山>
愛宕山の山頂広場近くまで来て、漸く広く視界が開けているところに出た。
たぶん中央が比叡山。後ろは鈴鹿の山々が見えているのではないかと思います。

<武奈ヶ岳と蓬莱山らしいのが見える>
前の写真の北側、北山の山々の後ろに、比良山系の武奈ヶ岳と蓬莱山らしい山並みが見えてます。

<愛宕山に到着、愛宕神社への階段>
そして懐かしいおなじみの愛宕山山頂の広場に到着。なんとか15時30分にここまで着きました。
暫し休息。もう16時も近いので神社への参拝は次回ということにしました。

<愛宕山の山上の広場、考えると山の上とは思えない広さ>
この辺りは、表参道から何度も上っているのでよく知っているが、ここも木々のサイズがいずれも大きくなっている感じ。
ということで下山開始。

<黒門>
この辺りは、小学生のころの昔と変わりませんね。
でも杉が巨大化して高野山っぽい感じになって来てますね。

<水尾別れの休憩所>

<途中から見える京都市街>
かなり下まで降りてからですが、木々の間から見える京都市街。

<一の鳥居>
何とか無事、明るいうちに清滝に下りて来ました。

<鳥居本、鮎茶屋平野屋>
例のトンネルを歩いて抜けて、鳥居本の平野屋前。どう撮っても絵になるこの辺り。

<交差点にある石仏群、子供の頃からのお気に入り>
鳥居本のきれいに整備された緩やかな坂道を下って、交差点にある石仏たち。
この辺りの田んぼでもよく遊んだものです。
ということで、ここから10分ぐらいの実家へ寄って、夕食を食べて帰りました。
明るいうちに着けてよかったです。本日は38,000歩ほど歩いていました。
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